東京地方裁判所 平成7年(ワ)15196号 判決
原告 今井かつ子
右訴訟代理人弁護士 和田政隆
被告 草間万治郎
右訴訟代理人弁護士 真木洋
被告 草間幸夫
被告 草間ハル
右両名訴訟代理人弁護士 高谷進
同 小林理英子
同 千田賢
同 小林哲也
同 加戸茂樹
被告 株式会社三ツ星
右代表者代表取締役 草間一夫
右当事者間の頭書事件について、当裁判所は、平成一二年三月二九日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一本件請求
原告は、「原告は、別紙物件目録記載一の土地(本件「土地」という。)を所有し、被告草間万治郎(被告「万治郎」という。)に対して本件土地を賃貸し、被告万治郎は本件土地上に同目録記載二の建物(本件「木造建物」という。)を所有し、同記載三の建物(本件「鉄筋建物」という。)を被告草間ハル(被告「ハル」という。)と共有していた(被告万治郎の持分五分の四、被告ハルの持分五分の一)ところ、被告万治郎は、昭和六一年一二月九日被告株式会社三ツ星(被告「会社」という。)に対し本件木造建物を譲渡して同月一〇日その所有権移転登記を経由し、同年八月二一日には本件鉄筋建物の持分全部を被告ハルに譲渡し更に被告ハルがこれを被告草間幸夫(被告「幸夫」という。)に譲渡して、それぞれその旨の持分移転登記を了したが、これは、右賃貸借契約において禁止されている賃借権の無断譲渡に該当するので、原告は平成七年七月二九日に被告万治郎に到達した内容証明郵便により、賃借権の無断譲渡を理由として右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。」、「仮に右契約解除の効力がないとしても、原告は、原告と被告万治郎との間の信頼関係は破壊されるに至っているので、平成一二年三月二九日の本件口頭弁論期日において、被告万治郎に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。」と主張して、<1>被告万治郎に対し、賃貸借契約の終了に基づき本件土地の明渡し及び平成七年八月一日から右明渡済みまで一か月六八万四九九〇円の割合による使用料相当損害金の支払いを求め、<2>被告会社に対し、本件土地の所有権に基づき、本件木造建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び平成七年八月一日から右明渡済みまで一か月六八万四九九〇円の割合による使用料相当損害金の支払いを求め、<3>被告幸夫及び被告ハルに対し、本件土地の所有権に基づき、本件鉄筋建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び平成七年八月一日から右明渡済みまで一か月六八万四九九〇円の割合による使用料相当損害金の支払いを求めている。
第二事案の概要
一 前提となる事実(証拠等の摘示のない事実は当事者間に争いがない事実である。)
1 本件土地は、原告の亡父橋本榮吉(「栄吉」という。)の所有であった。栄吉は、昭和二八、九年ころ本件土地を被告万治郎に賃貸した。
2 栄吉は、昭和三一年七月一四日に死亡した。本件土地については、遺産分割の協議が行われないまま、長兄である亡橋本佐榮光(「佐栄光」という。)が相続人の代表として本件土地を差配していた。
3 被告万治郎は、昭和三三、四年ころ本件土地上に木造二階建ての家屋番号二三〇番二の建物(本件木造建物)を新築して(甲第三号証、乙ハ第三号証)、同建物で八百屋、食堂などを営んでいた。
4 栄吉の相続人代表である佐栄光と被告万治郎は、昭和三九年七月一一日改めて本件土地について普通建物所有を目的とする次の約旨の賃貸借契約(本件賃貸借契約という。)を締結した(甲第四号証)。
(一) 期間 二〇年間
(二) 賃料 一か月一万三七〇〇円(なお、平成三年五月一日からは、一か月五二万五一九五円)を毎月二八日限り当月分を支払う。
(三) 特約 賃借人は、賃貸人の承諾なく、借地権の売買、譲渡し、又は転貸等を絶対しないこと。
5 被告万治郎は、昭和四四年八月に、佐栄光に対し、本件土地上に鉄筋コンクリート造りの建物を建築したい旨申し出た。佐栄光は、次の条件を付して、これを承諾した(甲第五号証)。これに伴い、右4の際に作成された契約書の条項のうち、第一条の期間の記載「二〇ヶ年」が「三〇ヶ年」と訂正され、第二条の建物種類を堅固建物以外とする旨の条項が削除され、更に第六条の禁止条項のうちの土砂を他に搬出しない旨の条項が削除された。(甲第四、第五号証)
(一) 本件賃貸借契約の期間を二〇年から三〇年に変更する。
(二) 右建物建築に伴う土砂の搬出を認める。
(三) 被告万治郎は、右建物を建築することの承諾料を支払う(なお、承諾料の金額については、争いがある。原告は、五〇〇万円であると主張し、被告らは六〇〇万円であったと主張している。)
6 被告万治郎は、佐栄光の承諾のもとに、昭和四五年一二月一〇日別紙物件目録記載三の建物(本件鉄筋建物)を新築した(甲第二号証、乙ハ第四号証)。
7 佐栄光は、昭和六三年に死亡した。これを契機に、栄吉の相続人間において遺産分割の協議が成立して、本件土地は、原告がこれを取得し、昭和六三年一二月七日に昭和三一年七月一四日相続を原因とする所有権移転登記を経由した。(甲第一号証)
8 本件木造建物については、昭和三四年四月一一日に被告万治郎のために保存登記が経由され、本件鉄筋建物については、昭和四五年一二月一八日共有者を被告万治郎(持分五分の四)及び被告ハル(持分五分の一)として保存登記が経由された(甲第二、第三号証、乙ハ第三、第四号証)。
9 被告万治郎と被告ハルは、昭和一四年三月一日に婚姻届をした夫婦であったものである(乙ハ第六号証)。草間一夫(「一夫」という。)は、被告万治郎と被告ハルとの間の長男である。被告会社は、昭和五一年二月三日に飲食業、青果業とを目的として設立された会社であり、株主は、一夫及びその妻草間ヤイの二名のみであり、その代表取締役は一夫であり、一夫が実質的に支配する会社である(弁論の全趣旨)。被告幸夫は、被告万治郎と被告ハルとの間の二男である。
10 被告万治郎と被告ハルとの間に、被告ハルを原告とし、被告万治郎を被告とする離婚請求事件(東京地方裁判所昭和六一年(タ)第一一九号)が係属していたが、昭和六一年八月二一日次の和解条項による裁判上の和解が成立した(乙ハ第一号証)。
「(一) 被告ハルと被告万治郎は、本日協議離婚することに合意し、所定の届出用紙にその届書を作成した。被告万治郎は被告ハルにその届出を託し、被告ハルは速やかに届け出る。
(二) 被告万治郎は被告ハルに対し、財産分与として、本件鉄筋建物の共有持分を譲渡し、財産分与を原因とする所有権移転登記手続をする。
(三) 被告ハルと被告万治郎は協議の上同居し、被告ハルは被告万治郎の生活のめんどうをみる。
(四) 被告ハル、利害関係人一夫(本件の被告一夫。以下同じ。)及び同幸夫(本件の被告幸夫。以下同じ。)は、連帯して、被告万治郎に対し、被告万治郎が死亡するまで扶養料として毎月二五万円を毎月二五日限り、被告万治郎方に持参又は送金して支払う。
(五) 被告ハル、利害関係人一夫及び同幸夫は、連帯して被告万治郎に対し、和解金として金三〇〇万円の支払義務のあることを認め、これを昭和六一年九月末日限り、被告代理人事務所に持参又は送金して支払う。
(六) 被告ハル、利害関係人一夫及び同幸夫は、連帯して、被告万治郎が病気になったときの治療費、同人が老衰した場合の介護費用、及び同人が特別養護老人ホームへ入院した場合の入院費を負担する。
(七) 訴訟費用は各自の負担とする。」
11 被告万治郎と被告ハルは、昭和六一年八月二一日に協議離婚の届出をした(乙ハ第六号証)。
12 本件木造建物については、昭和六一年一二月一〇日に同月九日の譲渡担保を原因として、被告万治郎から被告会社に対する所有権移転登記が経由された。本件鉄筋建物については、昭和六一年八月二九日に被告万治郎の持分について、同月二一日の財産分与を原因として、被告ハルに対する被告万治郎の持分全部移転登記が経由された。しかして、平成三年六月一三日には、右移転登記が経由された被告ハル持分の全部について、同年四月一五日の譲渡担保を原因として、被告幸夫に対する持分全部移転登記が経由された。現在の本件鉄筋建物は、被告ハル(持分五分の一)及び被告幸夫(持分五分の四)の共有となっている。(甲第二、第三号証、乙ハ第三、第四号証)
13 被告万治郎は、右12の本件木造建物の被告会社への所有権移転及び本件鉄筋建物の共有持分の被告ハルへの持分移転について、賃貸人である栄吉の相続人ら代表の佐栄光の承諾を得ていないし、被告ハルは、右12の本件鉄筋建物の共有持分の被告幸夫に対する持分移転について、賃貸人である原告の承諾を得ていない。
14 原告は、被告万治郎に対し、平成七年七月二九日到達した内容証明郵便により、本件賃借権の無断譲渡を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
15 原告は、平成一二年三月二九日の本件口頭弁論期日において、被告万治郎に対し、同月二一日付け準備書面を陳述して、原告と同被告との間の信頼関係が破壊されたことを理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著な事実。)。
二 争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点一
被告万治郎は、本件木造建物及び本件賃借権を被告会社に対し、賃貸人に無断で譲渡したか、否か。被告万治郎は、本件鉄筋建物及び本件賃借権を被告ハル、更には被告幸夫に対し、賃貸人に無断で譲渡したか、否か。
(一) 原告の主張
(1) 被告万治郎は、昭和六一年一二月九日、自己の債務の弁済に代えて本件木造建物の所有権を被告会社に譲渡したものであり、右所有権譲渡に伴い、本件賃借権も同社に譲渡した。
(2) 被告万治郎は、昭和六一年八月二一日被告ハルに対し、本件鉄筋建物の共有持分(五分の四)を財産分与として譲渡し、右持分譲渡に伴い、本件賃借権を被告ハルに譲渡した。
(3) 借地上の建物が譲渡されれば、当該借地権もまたそれに随伴して譲渡されるものと解すべきところ、本件木造建物は確定的に被告万治郎から被告会社に譲渡され、本件鉄筋建物の被告万治郎の共有持分五分の四は確定的に被告万治郎から被告ハルに譲渡され、更には被告ハルから被告幸夫に譲渡されており、これに伴って本件賃借権も被告万治郎から被告会社、あるいは被告ハル、更に被告幸夫に確定的かつ終局的に譲渡されていており、かつ、かかる譲渡はいずれも賃貸人である原告(遺産分割前は栄吉の相続人ら)の承諾を得ていないのであるから、本件賃借権が無断譲渡されたことは明らかである。
(二) 被告らの主張
(1) 被告万治郎が債務の弁済に代えて本件木造建物を被告会社に譲渡したとの事実は否認する。また、被告万治郎が被告ハルに本件鉄筋建物の持分を譲渡した旨の移転登記が経由されていることは認めるが、これは、形式上の移転登記にすぎない。その事情は、以下に述べるとおりである。
(2) 本件賃貸借契約の借地人は被告万治郎であるが、被告万治郎と被告ハルは、本件鉄筋建物を建築して、これを両被告の共有とした。これは、実質的には本件賃借権の被告ハルに対する無断譲渡に当たるが、賃貸人に対する背信行為に該当するものではない(事実、原告は、この点を問題視していない。)。
(3) 被告万治郎と被告ハルの夫婦は、本件木造建物の二階に居住している。被告万治郎は、昭和四八年から本件本造建物の一階部分及び本件鉄筋建物を同被告が代表取締役をしていた株式会社くさま商店(「くさま商店」という。)に賃貸し、くさま商店は本件鉄筋建物の三、四階部分を被告ハルに、一階部分を被告幸夫に、本件木造建物の一階部分を被告会社の代表取締役である一夫にそれぞれ転貸していた。また、被告万治郎及び被告ハルの長女石毛トシとその夫石毛洋之夫妻は、本件木造建物の一階の一部で店舗を経営していた。これらの本件各建物の利用形態は、銀行から借入れた本件鉄筋建物建築資金を家族一同が協力して返済していくことが目的でとられたものである。
(4) 被告万治郎は、本件鉄筋建物の二階部分で飲食店を経営していたが、経営に失敗して数千万円の欠損を出し、昭和五〇年ころと同五七年ころには街の金融業者から一二〇〇万円を借りたことがあり、その後始末を被告ハルと被告幸夫がしたことがあった。更に、本件各建物には、昭和五八年八月九日受付をもって極度額二〇〇〇万円の根抵当権設定登記、昭和六〇年七月二九日受付をもって極度額五〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記がなされていることが判明した。
(5) そこで、このままでは、家族全員が協力して築いた全財産を失うことになりかねないとの危機感を抱いた被告ハル、一夫、被告幸夫及び石毛夫妻は、これを防ぐため、被告ハルと被告万治郎が離婚する形をとって被告万治郎の本件鉄筋建物の共有持分を被告ハルに財産分与して所有権を移転することを計画した。被告ハルは、昭和六〇年一一月に財産分与請求権を被保全権利として本件鉄筋建物の万治郎の持分について処分禁止の仮処分の執行をし、昭和六一年三月に離婚等を請求する訴訟を提起した。昭和六一年八月二一日、被告万治郎と被告ハルとの間で、前記第二の一の10の裁判上の和解が成立して、右両被告は、同日離婚の届け出をした。
(6) この離婚は、被告ハルが被告万治郎の財産を保全することを目的としてなされたものである。被告ハルに対し、本件鉄筋建物の共有持分についての持分全部移転の登記がなされたのは、このような事情によるものである。したがって、これは草間家の財産を守るための形式上のものにすぎないのである。
(7) その後、被告幸夫と一夫は、銀行から借入をして街の金融業者に対する被告万治郎の借金を返済して、それらの根抵当権設定(仮)登記を抹消した。そこで、今後本件木造建物に被告万治郎が担保設定することを防止するため、その所有名義を形式上変更しておく以外に方法がないと考え、一夫が代表取締役をしている被告会社が譲渡担保を原因として所有権移転登記を受けることにしたのである。
(8) 被告万治郎は、被告ハル、被告幸夫及び一夫を連帯保証人として、亀有信用金庫から借り入れた借入金債務があった。被告幸夫は、平成三年二月二七日亀有信用金庫に対し、右借入金元利金二二〇九万六一九六円を代位弁済し、被告万治郎に対し、同額の求償金債権を取得した。しかして、被告ハル及び被告幸夫は、被告万治郎が財産分与した本件鉄筋建物の共有持分について、同被告がいつこれを自分に戻すように要求するやも知れないことから、これを被告ハル名義から被告幸夫名義に移してこれを保全することとした。そこで、被告ハルは、平成三年四月一五日被告万治郎が被告幸夫に対して負担している右求償金債務を重畳的に引き受けるとともに、右債務を担保するため本件鉄筋建物の右共有持分(被告万治郎から財産分与を受けたもの)を被告幸夫に譲渡した。しかして、右持分について、同年六月一三日右譲渡担保を原因として被告幸夫に対する持分全部移転登記が経由されたのである。
(9) 本件木造建物の所有権が譲渡担保として訴外会社に移転され、本件鉄筋建物の被告万治郎の共有持分が財産分与として被告ハルに移転され、更に譲渡担保として被告幸夫に移転されたが、右に述べた経緯に照らせば、右各譲渡担保及び財産分与は、いわゆる通謀虚偽表示に近い実質があり、借地権の譲渡は実質的にはなされていない。また、原告及び被告らも借地人が交代したという認識を持ってはいないし、被告万治郎と被告ハルとの離婚も、戸籍上は離婚した形になっているが、実際にはそのまま寝食を共にし、経済上も一体の生活をして現在に至っているのである。被告ハルは、被告万治郎の無謀な行動から草間家の財産を失うことを阻止するために、離婚及び財産分与という形をとったものであって、実態は仮装の離婚であり、仮装の財産分与なのである。
(10) 譲渡担保は、譲渡担保権の実行があって初めて所有権が移転するものであり、単に譲渡担保権を設定しただけでは、賃貸人との関係では建物所有権が移転したことにはならず、相変わらず譲渡担保権設定者が実質的に建物を所有しているのであり、譲渡担保権者は担保権を有するにすぎない。
(11) したがって、本件賃借権が被告会社及び被告ハルに譲渡されたことはないのである。
2 争点二
争点一掲記の財産分与及び譲渡担保を原因とする所有権移転が本件賃借権の譲渡に当たるとした場合に、右譲渡につき賃貸人の承諾がなくても、賃貸人に対する背信行為と認められない特段の事情があるか、否か。
(一) 被告らの主張
(1) 本件鉄筋建物は、建築当初から夫婦共有のものであり(持分は、被告万治郎五分の四、被告ハル五分の一)、その意味では、被告ハルは本件鉄筋建物建築当時から本件賃借権を準共有していたといえる。また、右両被告は、離婚による財産分与がなされた前後を通じて同居を継続しており、本件鉄筋建物及び本件土地の利用形態に何らの変更もない。また、争点一において主張したとおり、被告万治郎と被告ハルの離婚は仮装のものといってよいし、財産分与自体も仮装のものといってもおかしくない。また、賃料の支払いは、財産分与の前後を通じて被告幸夫が支払ってきており、一度も遅滞はない。したがって、本件離婚による被告万治郎の共有持分の財産分与により、本件賃借権が被告ハルに譲渡されたとしても、被告万治郎には賃貸人に対する背信行為と認められない特段の事情がある。
(2) 被告会社は、被告万治郎の長男である一夫が経営する会社であり、これは会社とは名ばかりであって、その実態は一夫を指すといってもよい。したがって、被告万治郎から被告会社への本件木造建物の譲渡担保を原因とする所有権移転は、実質的には父から長男への所有権移転である。また、被告ハルから被告幸夫への本件鉄筋建物の共有持分(被告万治郎から財産分与を受けた分)の譲渡担保を原因とする所有権移転は、母から次男への所有権移転である。しかして、本件木造建物及び本件鉄筋建物の双方について、その各譲渡担保権設定の前後を通じて本件土地の利用形態に何らの変更もないから、右各譲渡担保を原因とする所有権移転には、賃貸人に対する背信行為と認められない特段の事情がある。
(二) 原告の主張
被告らの右主張は争う。
3 争点三
信頼関係破壊を理由とする契約解除意思表示(前記第二の一の15)の効力
(一) 原告の主張
(1) 原告は、栄吉の遺産分割協議が成立した後である平成三年一二月以降被告万治郎と接触するようになったが、被告万治郎が借地人として振る舞っていたことから、昭和六一年と平成三年の本件各建物の所有権移転登記の存在にすら気付いていなかった。そして、契約更新時期を一年後に控えた平成五年ころから、被告万治郎との間で契約更新の条件についての話し合いがあり、原告は、被告万治郎に対し、更新料を坪当たり二〇万円(全体で約四五〇〇万円)、更新後の賃料を坪当たり月額三〇〇〇円(全体で六八万四九九〇円)とする極めて常識的な案を提示したところ、同被告もこれに応ずる旨約していた。
(2) ところが、平成六年春ころになって、被告ハル、被告幸夫及び一夫が突然原告方を訪れ、既に本件各建物についての被告万治郎の名義が被告幸夫と被告会社に移っていることを原告には秘したまま、本件賃借権を被告万治郎から被告ハル、被告幸夫及び一夫に譲渡することを承諾してほしい旨申し入れ、更新料も右三名が支払いたいと申し入れた。
原告は、右三名の話が被告万治郎の話と食違うため、本件各建物の登記簿を調べたところ、これらがいずれも被告万治郎の所有名義でなくなっていることが判明した。
(3) そこで、原告は、被告万治郎に尋ねたところ、同被告は、本件各建物を取り戻した上で本件賃貸借契約は自分が必ず更新し、更新料も支払う旨改めて確約した。原告は、打開策として、被告万治郎、被告ハル、被告幸夫及び一夫(以下、この四名を被告側ともいう。)に対し、本件各建物の所有名義を速やかに被告万治郎に戻し、被告万治郎が更新料を支払うように申し入れると共に、仮に被告幸夫や一夫が改めて被告万治郎から本件賃借権の譲渡を受けるという合意を取り付けられるのであれば、譲渡承諾料と更新料を支払うことや賃料の改定を条件にこれを承諾してもよいという提案をし、早期解決を再三にわたって促した。しかし、被告側は、互いに折り合おうとしないし、被告万治郎は更新料の支払いもしなかった。
(4) 原告は、このままでは、更新料の支払いも、無断で本件各建物の所有名義を変えたことをもうやむやにされてしまうものと虞れ、実質上被告側の間の話し合いの場を提供してやるしかないとの考えもあって、被告万治郎に対し、本件賃借権の無断譲渡を理由に契約解除の意思表示をした上、本件訴えを提起したのである。原告は、本件訴訟の早い段階で、本件を自庁調停に付することを申し入れて、調停の場での解決を図ってきた。
(5) しかし、原告としては、被告万治郎から他の被告らへの借地権譲渡を前提に、当然その更新料及び承諾料の支払いや相当な賃料への改定をして貰えるものと考えていたところ、被告ハル、被告幸夫及び一夫間の利害が対立し、それぞれが別々に借地権の譲渡を求めて譲らなかった。その後被告ハル及び被告幸夫が調停案を提示したが、更新料や改訂賃料は極めて低額であり、しかも借地権譲渡の承諾料は支払わないというものである上に、本件土地を不定形に二分して被告ハル及び被告幸夫と一夫が賃借権の譲渡を受けるというものであり、しかも、一夫の承諾を得た調停案ではなく、原告が到底承諾できるようなものではなかった。もともとは、親子、兄弟間の話し合いすらできない状態の被告側のために原告が本件訴訟まで提起したと言っても過言ではないにもかかわらず、右に述べた被告側の対応は、勝手な内輪喧嘩の尻拭いを原告に一方的に押し付けているというほかない。
(6) 以上のような経緯を勘案すれば、被告万治郎は、賃借人としての対応能力を欠き、被告幸夫や一夫はそれぞれの利益を守ることに汲々として、本件訴訟においても問題を打開して解決しようとする姿勢すら見せず、被告側は、何の落ち度もない原告に対し、平気で一方的に不利益を押し付け、賃貸人の立場を一向に理解しようとしない。これらの被告側の対応及び行動は、本件賃貸借契約に基づく信義則上の賃借人の義務に違反しているというべきであり、原告が賃貸人として本件賃貸借契約を継続しがたい不信行為というべきであり、もはや原告と被告万治郎との間の信頼関係は破壊されるに至っているといわざるを得ない。したがって、原告が平成一二年三月二九日の口頭弁論期日においてした、本件契約解除の意思表示は有効であり、これにより本件賃貸借契約は終了した。
(二) 被告らの主張
原告の右主張は争う。
三 証拠関係
証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第三争点に関する判断
一 本件賃貸借契約関係の経緯
1 前記第二の一の各事実に証拠(後掲する。)を併せると、本件賃貸借契約関係の経緯は次のとおりであると認められる。
(一) 被告万治郎と被告ハルの夫婦は、本件木造建物において食堂及び果物店を営業していたが、経営は順調に発展して、洋菓子店、玩具店及びスポーツ用品店等に営業種目も多角化し、昭和四〇年ころには従業員も四〇名を超えるまでになった。その間、栄吉の相続人代表である佐栄光(以下、佐栄光について述べるときは、賃貸人であった亡栄吉の相続人らの代表としての地位にある佐栄光を指すものである。)を賃貸人として、昭和三九年七月一一日に改めて前記第二の一の4の本件賃貸借契約が締結された。(甲第四号証、乙ハ第一二号証)
(二) 被告万治郎と佐栄光は、前記第二の一の5に認定の経緯を経て、本件賃貸借の目的を堅固建物所有目的に変更し、佐栄光は、被告万治郎に対し、本件鉄筋建物を建築することを承諾した。なお、被告万治郎は、佐栄光に対し、右建物建築に対する承諾料として、五〇〇万円を支払った。しかして、被告万治郎は、昭和四五年一二月一〇日本件鉄筋建物を建築して、同月一八日共有者を被告万治郎(持分五分の四)及び被告ハル(持分五分の一)として、保存登記を経由した。これにより、本件土地上には、本件木造建物及び本件鉄筋建物の二棟の建物が存在することになった。(甲第四、第五号証、乙ハ第一二号証、前記第二の一に認定の事実)
(三) 被告万治郎と被告ハルは、本件鉄筋建物を建築するための資金を亀有信用金庫から借り入れ、本件木造建物及び本件鉄筋建物には、極度額を一億一〇〇〇万円とする根抵当権が設定された。そこで、右両被告は、家族で協力してその借入金を返済していくこととし、昭和四八年ころ、被告万治郎(本件鉄筋建物については、被告万治郎及び被告ハル)は、本件鉄筋建物及び本件木造建物の一階部分を、被告万治郎が設立して代表取締役に就任した訴外株式会社くさま商店(「くさま商店」という。)に賃貸し、くさま商店が本件各建物を区画して、本件鉄筋建物の三階及び四階部分を被告ハルに、同一階部分を被告幸夫に、同二階部分を被告万治郎に、本件木造建物の一階部分を一夫にそれぞれ別個に転貸し、右の家族が別個に転借部分を使用していた。くさま商店は、家族から集金した賃料をまとめて一括して、亀有信用金庫に対する借入金の支払及び本件土地の賃料の支払をしていた。(甲第二号証、乙ハ第三、第四号証、第一二号証)
(四) 被告万治郎は、本件鉄筋建物の二階部分で飲食店の経営をしていたが、数千万円の欠損を出してしまった。そこで、被告万治郎は、昭和五一年ころには右飲食店の経営から手を引き、代わって被告ハルが同じ場所で日本料理店の経営を始めた。しかし、被告万治郎は、このことがきっかけで家族に対して恨みを抱くようになり、家族に内緒で街の金融業者から借金を重ねて勝手気ままな生活を送るようになってしまった。また、被告万治郎の言動は、疎外されているとの思いこみからか、被害妄想的なものになっていった。(乙ハ第一二、第一三号証、被告ハル及び被告幸夫の各本人尋問の結果)
(五) 被告万治郎は、昭和五八年四月に警備員を雇って被告幸夫が経営する店舗への立入りを妨害したり、町内に「家族に自分は殺される」などと書いたチラシを大量に撒いたり、被告ハルの経営する日本料理店の休業のお知らせを勝手に印刷して撒こうとしたりした。そして、被告万治郎は、昭和五八年九月に被告ハル、被告幸夫、一夫及びくさま商店を被告として、本件各建物のうちのそれぞれの占有部分を明け渡すように求める訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和五八年(ワ)第九三八〇号)。右訴訟において、被告万治郎は、「被告ハル、被告幸夫及び一夫はことある毎に被告万治郎を無視し、暴力を振るうなどして本件各建物に対する被告万治郎の支配を事実上排除し、昭和五七年四月二八日共謀の上、被告万治郎の知らない間に同被告をくさま商店の代表取締役から退任させ、代わって被告ハルと被告幸夫が代表取締役に就任し、名実ともに本件各建物に対する被告万治郎の支配権を排除した。」、「被告万治郎が抗議をすると、被告ハル、被告幸夫及び一夫は、被告万治郎を脅迫したり寝ているところを蹴飛ばしたり、首を捩上げ、柱に頭を叩きつけたりする悪意に満ちた脅迫ないし暴力行為をしたり、被告万治郎の名誉信用を毀損する行為をした。」などとして、くさま商店に対し、被告万治郎とくさま商店との間の信頼関係破壊を理由にその賃貸借契約を解除した旨の主張をした。しかし、昭和六〇年七月一八日に言い渡された判決では、被告万治郎の右主張にそう同被告の供述は被害妄想的発言にすぎないとして一蹴され、請求棄却となった。(乙ハ第二号証、第一二、第一三号証、被告ハル及び被告幸夫の各本人尋問の結果)
(六) 被告万治郎は、街の金融業者からの借金を繰り返し、昭和五八年八月には本件各建物(本件鉄筋建物については、同被告の持分)に極度額二〇〇〇万円の根抵当権(根抵当権者永山重夫〔永山という。〕)が設定され、昭和六〇年七月には極度額五〇〇〇万円の根抵当権(根抵当権者山崎榮一 〔山崎という。〕)が設定された。(乙イ第一号証の一ないし七、乙イ第二号証の一ないし八、乙ハ第三、第四号証、第一二号証、被告ハル本人及び被告会社代表者各尋問の結果)
(七) そこで、被告ハルは、草間家の財産を守るには、被告万治郎と離婚して本件鉄筋建物の万治郎の持分について財産分与を受ける以外に方法がないと考え、同被告に対し、離婚の訴えを提起し、前記第二の10に認定のとおり、右当事者間に訴訟上の和解が成立し、被告万治郎は、被告ハルと協議離婚して、右持分を被告ハルに財産分与した。しかし、右財産分与は、本件鉄筋建物の持分を被告万治郎名義のままにしておくと、これを失ってしまう虞があることから、草間家の自己防衛の手段としての意味合いがあった。右両被告は、離婚後も同居を続け、離婚前と何も変わらない生活を続けていた。(乙ハ第一二号証、被告ハルの本人尋問の結果、前記第二の一に認定の事実)
(八) 被告ハル、被告幸夫及び一夫は、昭和六一年一二月に、被告万治郎の永山と山崎及びその他の金融業者に対する債務を弁済することを相談した上、被告会社が株式会社三菱銀行亀戸支店から三九〇〇万円を借り入れて資金を作り、同月九日、永山及び山崎ほか二名の金融業者に合計三九〇〇万円を弁済し、永山及び山崎の根抵当権設定登記(山崎については仮登記)を抹消した。その際、被告万治郎は、金額を二六五〇万円及び一一五〇万円とする借用証二通(合計金額三九〇〇万円)を被告会社に差し入れたが、「被告万治郎の債権者からの借入金を被告会社が被告万治郎に代わって払ったことによるもの」との但書の記載があるものの、弁済期や弁済方法の約定及び利息等の記載は全くない。しかも、被告万治郎と被告会社との間で被告万治郎が右各金員を返還する旨の合意はなされなかったし、被告会社も経理上は被告万治郎に対する貸金として計上してはいるものの、これが弁済されるものとは思っていない。しかして、同日付けで本件木造建物について、譲渡担保を原因とする被告会社への所有権移転登記が経由されたことは、前記第二の一に認定したとおりである。
そして、被告会社は、本件建物の一階部分のうち、一部で自らラーメン店を営むほか、一階部分を大内某(洋品店営業)及び吉田某(スナック飲食店営業)に賃貸し、右賃貸以外の部分で栗栖弓枝に委託してDPEとクリーニングの取次業を営んでいる。(甲第三号証、乙イ第一号証の七、八、第二号証の七、乙ハ第三、第四号証、第一二、第一三号証、被告ハル本人及び被告会社代表者各尋問の結果)
(九) 次いで、被告幸夫は、平成三年二月二七日に、被告万治郎が亀有信用金庫から被告ハル、被告幸夫及び一夫の連帯保証の下に借り入れていた二二〇九万六一九六円を代位弁済し、被告万治郎に対し、同額の求償金債権を取得した。しかして、被告ハル及び被告幸夫は、被告万治郎が財産分与した本件鉄筋建物の共有持分について、同被告がいつこれを自分に戻すように要求するやも知れないことから、これを被告ハル名義から被告幸夫名義に移してこれを保全することとした。そこで、被告ハルは、平成三年四月一五日被告万治郎が被告幸夫に対して負担している右求償金債務を重畳的に引き受けるとともに、右債務を担保するため本件鉄筋建物の右共有持分(被告万治郎から財産分与を受けたもの)を被告幸夫に譲渡した。しかして、右持分について、同年六月一三日右譲渡担保を原因として被告幸夫に対する持分全部移転登記が経由された。(甲第二号証、乙ハ第四号証、第一二、一三号証、第一五号証、被告ハル及び被告幸夫の各本人尋問の結果)
(一〇) 被告ハルと被告幸夫は、平成二年一〇月一日、本件鉄筋建物の管理を行う会社として、被告ハルが二〇〇万円、被告幸夫が八〇〇万円を出資して資本金一〇〇〇万円の有限会社ジョイランドくさまを設立し、被告幸夫が代表取締役に、被告ハルが取締役に就任した。しかして、右被告両名は、本件鉄筋建物をジョイランドくさまに賃貸し、同社がこれをテナントに賃貸している。なお、くさま商店は、それまでには休眠会社となり、解散されている。(乙ハ第一六号証、第二一号証、被告幸夫本人尋問の結果)
(一一) 現在では、本件各建物は、次のように利用されている。すなわち、被告万治郎、被告ハル及び被告幸夫は、本件木造建物の二階に居住している。本件鉄筋建物は、共有者である被告幸夫(持分五分の四)及び被告ハル(持分五分の一)がジョイランドくさまに賃貸している。ジョイランドくさまは、本件鉄筋建物の一階部分を株式会社コナカに、二、三及び四階部分を株式会社モンテローザに賃貸している。賃料の収受に関する被告ハル、被告幸夫及びジョイランドくさま間の合意は、テナント(株式会社コナカ及び株式会社モンテローザ)からの賃料は、ジョイランドくさまが送金を受けるが、そのうちの二〇パーセントを同社が経費として取得し、残りの八〇パーセントの五分の四が被告幸夫の収入となり、五分の一が被告ハルの収入となる。しかして、これを平成一〇年度分についてみると、被告ハルは、本件鉄筋建物の賃料収入を九七三万〇八〇〇円、ジョイランドくさまからの給与収入(取締役報酬)を一二〇万円として所得税の確定申告をしており(他に公的年金収入がある。)、被告幸夫は、本件鉄筋建物の賃料収入を三八九二万三二〇〇円、ジョイランドくさまからの給与収入(代表取締役報酬)を三六〇万円として所得税の確定申告をしている。更に、右各確定申告においては本件鉄筋建物は、各持分に応じて右被告両名の減価償却資産として計上されている(乙ハ第一六号証ないし第二一号証、第二二号証の一ないし三、第二三号証の一ないし三、被告ハル及び被告幸夫各本人尋問の結果)
二 争点一について
1 被告万治郎から被告会社に対する本件木造建物の譲渡担保を原因とする所有権移転について
(一) 借地人が借地上に所有する建物につき譲渡担保権を設定した場合には、建物所有権の移転は債権担保の趣旨でされたものであって、譲渡担保権者によって担保権が実行されるまでの間は、譲渡担保権設定者は受戻権を行使して建物所有権を回復することができるのであり、譲渡担保権設定者が引き続き建物を使用している限り、右建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたと解することはできない。しかし、地上建物につき譲渡担保権が設定された場合であっても、譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用又は収益をするときは、いまだ譲渡担保権が実行されておらず、譲渡担保権設定者による受戻権の行使が可能であるとしても、建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと解するのが相当である。
(二) これを本件についてみるに、前記認定事実によると、被告会社は被告万治郎が金融業者から借り入れた金三九〇〇万円を代位弁済したことによる求償債権を担保するために本件木造建物を譲渡担保としたというのであるが、被担保債権についてその弁済期日や弁済方法について何の約定もなく、被告万治郎はこれを被告会社に弁済する意思もないし、被告会社もこれが弁済されるとは考えていないのであって、将来的に被告万治郎が受戻権を行使して建物所有権を回復する可能性は全くないものといわざるを得ないことに加えて、被告会社は、既に本件木造建物の引渡しを受けて、その一階部分の使用収益を現実に行っているのであるから、その二階部分において被告万治郎、被告ハル及び被告幸夫が居住している事実を考慮に容れたとしても、本件所有権移転は、譲渡担保とは名ばかりのものであって、実際には本件木造建物の所有権を確定的に被告会社に譲渡するものであるといわざるを得ない。そうすると、本件賃借権も本件建物所有権の移転に伴って被告会社に移転したものというべく、被告万治郎は、賃貸人の承諾を得ないで、本件賃借権を被告会社に無断譲渡したものというべきである。
2 被告万治郎から被告ハルへの本件鉄筋建物の共有持分の財産分与を原因とする所有権移転について
(一) 被告万治郎と被告ハルは、裁判上の和解において協議離婚すること及び被告万治郎が被告ハルに対し、離婚に伴う財産分与として本件鉄筋建物の共有持分を譲渡し、財産分与を原因とする所有権移転登記手続をすることを合意した上、離婚の届け出をして、右所有権移転登記を経由したのである。そうであるとすると、被告万治郎は、被告ハルに対し、本件鉄筋建物の共有持分を確定的に譲渡したものというべきである。被告らは、右協議離婚は草間家の財産を守るための仮装のものであると主張する。しかしながら、被告万治郎及び被告ハルは、右のように裁判上の和解において協議離婚の合意をした上で、その届出をしたものであり、その届出は離婚意思に基づいてなされたものといわざるを得ないから、これを仮装のものということはできない。
(二) 被告らは、右財産分与も仮装のものであると主張する。しかし、被告ハルは、財産分与により所有権移転を受けた本件鉄筋建物の共有持分五分の四について、これをその後被告幸夫に譲渡担保を原因として所有権移転している。しかして、前記第三の一の(一〇)及び(一一)に認定の事実によると、本件鉄筋建物はその登記簿上の持分割合により被告ハルと被告幸夫が共有することを前提として使用収益されており、賃料収入からジョイランドくさまが取得する分を除いた残額の五分の四を被告幸夫が取得し、本件鉄筋建物の共有持分を減価償却資産として計上し、その所得を自分の不動産所得として確定申告しているのであるから、乙ハ第一五号証により認められる次の事実、すなわち、右譲渡担保の被担保債権とされる重畳的債務引受にかかる求償金債務(前記第三の一の(九))については、その弁済期及び利息が定められていないことをも考慮すると、右所有権移転は、譲渡担保とは名ばかりのものであって、実際には、被告万治郎から財産分与を受けた右共有持分を確定的に被告幸夫に譲渡するものであるというべきである。そうすると、右財産分与を仮装のものであるということはできない。被告らの右主張は採用することができない。
(三) したがって、本件賃借権も本件鉄筋建物の共有持分五分の四の移転に伴って被告ハルに移転したものというべく、被告万治郎は、賃貸人の承諾を得ないで、本件賃借権を被告ハルに無断譲渡したものというべきである。
3 そうすると、争点一に関する原告の主張は理由がある。
三 争点二について
1 前記第三の一に認定の各事実に弁論の全趣旨を併せると、本件賃借権の各譲渡は、父である被告万治郎から長男である一夫が実質的に支配する被告会社への譲渡であり、離婚した夫である被告万治郎から離婚した妻である被告ハルへの譲渡であるところ、各譲渡の前後を通じて本件木造建物及び本件鉄筋建物の利用形態に実質的な変更はなく、賃料の支払いも滞りなく行われていること、本件賃借権譲渡は、勝手気ままな生活をして借財を重ねる被告万治郎の行動から、草間家の財産を保全することを大きな動機としてなされたものであること、離婚したとはいえ、被告万治郎は被告ハル及び被告幸夫と本件木造建物の二階部分において同居して生計を一にしていること等が認められるのであって、これらの事情を考慮すると、本件賃借権の各譲渡には、賃貸人に対する背信行為と認められない特別の事情があるというべきである。争点二に関する被告らの主張は理由がある。
2 したがって、原告は、本件賃借権の各無断譲渡を理由として、本件賃貸借契約を解除することができないから、前記第二の一の14に認定の契約解除の意思表示は、効力を生ずるに由なきものといわざるを得ない。
なお、原告は、本件賃借権の無断譲渡を理由として本件賃貸借契約の解除をすることができないのであるから、その譲受人である被告会社に対し本件土地の所有権に基づいてその明渡しを求めることはできず、その結果被告会社は、原告の承諾があったと同様に賃借権譲受をもって原告に対抗することができる。また、被告ハルから被告幸夫に対する譲渡担保を原因とする本件鉄筋建物の共有持分の譲渡は、被告ハルが無断譲渡を受けた本件賃借権の被告幸夫に対する更なる無断譲渡を伴うものというべきであるが、賃貸人に対する背信行為と認められない特別の事情があるといえるから、原告は、被告幸夫に対しても、本件土地の所有権に基づいてその明渡しを求めることはできず、その結果被告幸夫は原告の承諾があったと同様に賃借権譲受をもって原告に対抗することができる。更に、被告ハルは、本件鉄筋建物建築当初からの共有持分権者であり、実質的には本件鉄筋建物建築当時賃貸人に対抗できる賃借権譲受により、本件賃借権を準共有していたものといえるから、原告は、被告ハルに対しても本件土地の所有権に基づいて、その明渡を請求することはできない(この点に関する被告ハルの主張は、争点一に関する被告らの主張(2) 及び争点二に関する被告らの主張(1) 参照。)。
四 争点三について
本件において取り調べた証拠関係を総合しても、被告万治郎ないし被告ハル、被告会社あるいは一夫に、原告と被告万治郎との間の信頼関係が破壊されたといえるだけの賃借人側の義務違反があると評価するに足りる事実を認めることはできない。争点三に関する原告の主張は採用することができない。
第四結論
以上の認定及び判断の結果によると、原告の本件請求は理由がないから、いずれもこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡邉等)
物件目録
一 所在 東京都葛飾区亀有五丁目
地番 一二八番
地目 宅地
地積 七五三・七一 平方メートル
二 所在 東京都葛飾区亀有五丁目一二八番地
家屋番号 二三〇番二
種類 店舗・居宅
構造 木造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 三〇四・四六 平方メートル
二階 六三・二〇 平方メートル
三 所在 東京都葛飾区亀有五丁目一二八番地
家屋番号 一二八番
種類 店舗
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根四階建
床面積 一階 二七二・一六 平方メートル
二階 二七二・一六 平方メートル
三階 二七二・一六 平方メートル
四階 二七二・一六 平方メートル